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2009/1/10

システム屋は優しくなりたい

分類: 雑記 / タグ:

計算機に血が通っていないとか、計算機が優しくないだとか、そのような紋切り型の表現が後を絶ちません。計算機で動かす情報システムの送り手としては、どうしてもそうした表現が気になってしまいます。

しかし、それらの慣行を見直す時代が来つつあります。情報システムが実現するであろう新時代の旗手たらんとする送り手側の気持ちを知っていただきたくて、私の考えを述べます。

情報システムに対する世間の目

木曜日の楽しみ

一週間で一番しんどい曜日は、人によって色々な意見がありそうです。自殺や脳卒中が一番多い曜日は月曜日らしいですが、確かに仕事を楽しめていない場合には、「今週もまた仕事が始まる」という陰鬱な月曜病的気分になるのも理解出来ます。

私の場合は木曜日が苦手です。

  • 何だかんだいってもこの業界での仕事は好きですが、かといって心身の疲れは営業日が続く程に蓄積するものです。
  • そもそも中毒になるほどの刺激的な業務は、金融ユーザ系システム会社では望むべくもありません(暴言)。
  • ここで、頭脳労働に於ける身体:精神の稼働比率を2:8程度と勝手に仮定すると、心理的な疲労も無視出来ません。
  • 一方で金曜日の場合は花金(死語)ということもあって心理的な疲労度は低減されるように思えます。
  • 結論として、身体的な疲労が線形に増加する一方、大宗を占める精神的な疲労の峠は木曜日にあります。
  • 以上のことから、肉体と精神の疲労の和が最大となるために、私は木曜日が好きではないようです。Q.E.D.

前振りが長くて恐縮ですが、木曜日の夜は朝日新聞夕刊の「日々是修業」というコラムを読むのが楽しみの一つです。

主に原始仏教の視座で現代社会を論じるというものなのですが、筆者である佐々木閑氏の語り口は宗教色が薄く、禅問答のような理知的・哲学的な趣きがあります。

という無宗教の私にも違和感なく読めるものです。

仏教史家曰く、コンピュータは優しくない

これまでのコラムを拝読すると、仏教は往事の最先端の科学であったということも偲ばれるのですが、おとといの木曜日の「ありがたい先人のまなざし」と題したコラムには、情報技術業界人の端くれとしては少々残念な部分がありました。以下に引用します(強調属性は筆者が付加したものです)。

最近はいろいろな場面でコンピューターが幅をきかせているが、コンピューターは温かい心で人を導くことができない。いくら文明が進んでも、人を育て、生きる後押しをするのは、豊かな経験を積んだ先人の、温かくて深みのあるまなざしだ。

勿論、この引用部が主旨ではありません。引用部の中だけを取ってみても、計算機が暖かくないというのではなく、副題通りに「経験を積んだ先人の眼差しが大事だね」ということを言いたいのは明白です。しかし、業界に足どころか首の上までどっぷりと浸かっている私としては、「まだまだ情報技術は市民権が与えられていないのか」と残念に思ってしまいました。

詩人曰く、計算機には血が通っていない

似たような例としては、「愛する人のために」と題した谷川俊太郎氏の詩が挙げられます。日本生命のCM「愛する人のために篇」に用いられているアレです。触りを引用しますと以下の通りです(例によって、強調属性は筆者が付加しました)。

保険にはダイヤモンドの輝きもなければ、

パソコンの便利さもありません。

けれど目に見えぬこの商品には、

人間の血が通っています。

保険システム屋(あ、書いちゃった)という、谷川氏が両極に取り上げたまさにその両方で飯を食っている立場としては、嬉しいやら悲しいやらの複雑な気分となるステキポエムですね。

Google先生にお伺いを立てると、心穏やかでなく感じた人の感想も散見されます。例えば、χ(chi)さんのウェブログ「χ square」の「日本生命のCMが嫌いです」などです。

中の人の言い分

確かに計算機は優しくないが、面と向かって言われると……

ええ、確かに過剰反応ですとも。佐々木氏も谷川氏も、計算機憎しで取り上げたのではなく、大衆向けの「分かり易さ」を重視するために、

  • 理論的だが理論倒れ気味、
  • 厳格だが融通が利かない、
  • 便利だが自在ではない、

という属性の権現として計算機を取り上げたのだと思います。

しかし、「中の人」が過剰反応したくなる気持ちも、出来れば解って欲しいのです。政治家が「そのように受け取られたとしたら本意でないので撤回する」と語るまでもなく、言葉の力と性質は受け取り手次第なのですから。

確かに情報システムは、設計・開発者の言われた通りにしか動きません。中には言われた通りにも動かなくてよくトラブルを起こすシステムもいます。冗談はさて措き、ともあれそういった側面を捉えてつっけんどんだという感触を抱くことはとても良く理解出来ます。情報技術界隈は比較的新しい産業であり、まだまだ人に優しくないところが多く残っています。従って、蟻とキリギリスのうち、後者のように義務を果たさず権利だけを求めるようなことがあってはなりません。

しかし現状を打開しようと日々努力している(つもりの)私としては少々堪えました。今更嘆いても仕方がないのですが、理知的かつ優しく穏やかな(と勝手に想像している)佐々木氏に私淑しているつもりの私としては、「ブルートゥス、お前もか」といったような気分になってしまいました。

システムは道具であり、作り手の鏡である

そもそも、システムなんてものは、極論すればただの道具です。人生に於ける刺身の妻でしかありません。道具である以上、作った人がいい加減であれば、システムもまたいい加減なものになります。蛙の子は蛙であって、鳶は鷹を生まないのです。

そして道具ということは、「日々是修行」的にはシステムは釈迦の言葉と一緒です。個人差こそあれど、言葉は大抵誰でも使えます。しかし釈迦のような人が発した言葉だからこそ、弟子に的確な示唆を与えることが出来たのではないでしょうか。

人に優しいシステムを求めて

それでは、人に優しいシステムとはどういうシステムなのでしょうか。それを知るために、まず計算機の進歩をごく簡単に振り返ってみましょう。

#250 (2009/01/10 00:19:25), Gardejo

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